2010年10月16日

大阪地検特捜部の・・・

週刊誌の情報です。小生自身で確認したわけではないのでアシカラズ。
大阪地検特捜部の検事による「証拠隠滅事件」に関して、“不正”を見逃さず告発した女性検事はどうやら、佐賀市出身の方のようです。

年齢は41歳。週刊誌では実名が出ていました。
小生の親戚と同年代なので聞いてみたところ・・・。

頭がよくて目立っていた。生徒会もやっていた…とのことでした。

しかし、現在の司法制度の基礎を作った江藤新平を生んだこの佐賀で、このような検事がいることは、また何かしらの運命を感じますね。  

Posted by タピタピ  at 18:46Comments(0)TrackBack(0)目的など

2010年10月09日

司法の独立

少し前になりますが、尖閣諸島領海の中国漁船の不法侵入及び巡視船への体当たりによる船長に逮捕など一連の事件により、「中国」という国柄が分かったかと思います。

恐らく中国では「司法」に関しては、政府と一体ということに位置づけされているのかもしれません。
というのも、今回の中国人船長による「巡視船への体当たり」事件については、日本の領海で行われたことですので、日本の法律に従って粛々とコトを進めたということです。

しかも、日本は「司法の独立」が確立されている国ですので、日本の法律に従って処置をしただけであって、そこの“政治介入”があってはならない…とするのが流れです。

一方中国では、民主主義はなく、司法の独立も日本ほどはないので、中国人民は『日本政府の意思で自国の漁民と不法逮捕した…』と、最初から“外交問題”として理解したのでしょう。
その“認識の差”があるために、中国における排日運動に繋がったのかもしれませんね。

ところで、「司法の独立」とは、時の政権、政府が自分たちの都合がいいようにし司法を乱用しないように、独立性を与えているものです。
そして、佐賀県出身の賢人である江藤新平が初代の司法卿を務めたときに力を入れたことでもあります。

わが国における「司法の独立」は『大津事件』にも現れますが、江藤の死後に起きたこの事件は江藤が目指した司法の…を一つの形にしたかと思います。

法治国家ではない巨大国・中国によって、わが国が江藤以来目指してきた司法による制度が軽く見られるのは小生としては残念な限りです。
  

Posted by タピタピ  at 11:17Comments(0)TrackBack(0)江藤の業績

2010年10月06日

佐賀新聞の記事に

今日(10月6日)の佐賀新聞の二社面に、『長崎警備緊迫「攘夷」で混乱』という記事が掲載されています。
佐賀藩下級藩士書簡つづる…というものですが、佐賀大学の伊藤准教授が解読をしている幕末の文書、書簡の中からこうしたものを見つけたようです。

小生のお気楽プロジェクトは、江藤新平をNHK大河ドラマの主人公にするというものですが、上記の記事にある下級武士の中で『手明鑓(てあけやり)』というのが出てきます。
実は、江藤新平も手明鑓の家に生まれています。

小生も佐賀新聞の記事を読みながら、思わず江藤のことを思いながら「攘夷」に関して考えていました。

当時の日本は欧米列強の圧倒的な“技術力”の前に、大変な緊張状態の中で生き抜いてきました。
その中で、日本という国をどう守るか…ということは、安寧の江戸時代から一気に現実の厳しさに引き込んできたのだと思います。

佐賀藩においては、「義祭同盟」という独特の価値観の中で、攘夷論も育ってきた背景もあり、幕末の流れを感じています。
  

Posted by タピタピ  at 19:45Comments(1)TrackBack(0)佐賀の偉人

2010年09月25日

江藤新平が泣いている

日本の司法は「三権分立」の一つ。
確固たる独立性があるからこそ法治国家の所以。


わが国は今、法治国家の旗印を下ろした。


自国内に侵入し、監視する船に体当たりをした漁船を法律によって裁くのは法治国家ならば当たり前の話。

政治と司法とが分けられているからこそ、粛粛とコトを進めていただけのこと。

他国の領海・領土に勝手に入り込む“盗人”を取締るのは当然のこと。

小生は昨年来、あんたんたる気持ちで政府を見てきたが、今回の法治国家崩壊は、福田赳夫政権時の『ダッカ事件』以来の脱力感がある…( ̄~ ̄)ξ


司法を確立しようとした江藤新平が泣いている。
情けない国。

  

Posted by タピタピ  at 06:50Comments(0)TrackBack(0)歴史観

2010年09月23日

「佐賀」をドラマにする

NHK佐賀放送局が制作ドラマ『怪獣を呼ぶ男』の出演者を募集しています。
参照:http://www.nhk.or.jp/saga/drama/oubo.html

以下、上記URLから記事転載
出演:星野源、長澤奈央 ほか
演出・脚本:安藤大佑(NHK佐賀放送局)
平成22年12月10日(金)午後9時30分~55分【BShi・全国】
「私が初めて創ったドラマ『怪獣を呼ぶ男』」(25分間)

佐賀県のフィルムコミッションの職員、副島広太。
あるとき広太は、学生時代の友人で映画制作会社に勤める七絵から怪獣映画の撮影の話をもちかけられる。
「怪獣映画を実現させたい!」と撮影場所探しに奔走する広太。
最終的に撮影場所に選ばれたのは、広太が逃げ出した故郷の港町だった・・・[転載了]

小生は、この“お気楽プロジェクト”の中で何度か「佐賀県フィルムコミッション」のことを書きましたが…。
今度は、フィルムコミッション自体がネタ(ドラマ)になるんですね。

佐賀フィルムコミッションの活動は小生も注目していますし、スタッフの方も存じあげています。彼らの努力の凄さも理解しています。

このドラマがきっかけで、将来的なNHK大河ドラマで江藤新平を主人公につながるようにしたいですね。
  

Posted by タピタピ  at 21:51Comments(0)TrackBack(0)大河ドラマ誘致活動

2010年09月22日

仕組みをつくる…

今日(9月22日)は小生の誕生日。この年になると誕生日はそうたいして嬉しいものではありませんが、それでも「生まれたきたこと」は奇跡的な確率の中でそうなったことなので、これには心より感謝しています。

まずは、小生の先祖も含めて、彼らの存在があって初めて、現在の自分や今の世界が成立しているわけですから、「現在」だけを切り取って、自分たちだけが“独立した存在”であるような気持ちになってはいけないと思っています。

明治維新直後の江藤新平は、それまでの永蟄(※佐賀藩の脱藩の罪で)を解かれ、遅れた形で新政府に参画をしました。
幕末から明治にかけての「革命」の中で、それまでの仕組みと大きく枠組みが変わった新しいものが次々に出来上がっていきました。

小生を含めて多くの人たちが「明治ファン」がいるのは、こうした時代のダイナミズムがあるからこそ…かもしれません。

江藤は日本における民権思想、司法制度、さらには男女平等や人権などの土台を作っていきました。
それはまさに、日本全体の仕組みをつくる…というものであったと思っています。

小生も仕事をやる上で常に気をつけているのは、「どう仕組みを作るか?!」という点です。
そして、未来につながるような仕組みを作ることこそが、自分の仕事の価値を高める一つの指標である…と肝に銘じています。

こうしたことを考える時にも「江藤」の存在は大きいものがあります。
  

Posted by タピタピ  at 16:35Comments(0)TrackBack(0)目的など

2010年09月20日

正義感

江藤新平の真骨頂と言えば「正義感」ですが、その思いは時として体制側を崩壊させるほどの威力を持っています…。

小生もここ最近で「江藤」に関する書籍などを読み漁っていますが、どの本にも、江藤の人並みはずれた正義感のことが表現されています。

政治の世界は、一筋縄ではいかないもの。
目の前の正義感だけでは突破できない“壁”のようなものがあります。ところが、江藤に関しては自らの論を頼りに、これを徹頭徹尾、突き進もうというような気概が感じられます。

一方で、『清濁併せ呑むというのが政治家の度量だ…』と語った人がいました。まぁ、ものは言いようですが、激しい権力闘争が前提となる政治の世界では、江藤のような正義感にも、政治家の度量だという論の意見も、両方うなずけます。

江藤は司法卿の時に、陸軍の大スキャンダルを徹底的に調べています。
『山城屋事件』ですが、この際、中心人物であった山城屋和助は陸軍省の中で割腹自殺をしています。
ちなみに、山城屋事件に関わった山縣有朋ですが、この事件によって一旦は陸軍大輔を辞任しています。

時の明治政府の中で、軍事に関しては大村益次郎が亡くなっていて山縣がその後継であると目されて、徴兵制なども実施しました。
山縣は陸軍を去ったもののその後、再び陸軍卿に返り咲き明治10年(1877年)の西南戦争では、参軍として官軍の事実上の総指揮を執りました。

小生は歴史に「…たら・れば」はおかしいとは思いますが、江藤が明治6年の政変で辞職した直後、「佐賀に帰っていなければ…」、山縣のように再び司法界に復帰したのではないか?!と想像しています。

「佐賀の乱(佐賀戦争)」の首魁という形になった江藤ですが、彼のこうした生き方(選択肢)にも、彼なりの正義感があったものだと理解しています。
  

Posted by タピタピ  at 20:47Comments(0)TrackBack(0)江藤の業績

2010年09月20日

えっ?! 誘致なん???

今日(9月20日)の朝のNHKラジオを聴いててびっくりしました。
というのも、高千穂からの話題で、「大河ドラマ『龍馬伝』でのロケを誘致した…」という地元の声が聞こえてきたからです。

小生のこの“お気楽プロジェクト”は、佐賀の七賢人の一人江藤新平を大河ドラマの主人公にしたい…というもの。
ただし、NHKにとっては『大河ドラマが誘致としてのツールになってしまっては、彼らの意図に合わない…』とある所から聞いてました。
言い換えれば、『誘致が成功したら、どこもかしこも誘致活動が巻き起こり、“政治力”で大河ドラマのネタが決まってしまう…』ということをNHKが嫌っているということです。

小生もそこら辺りを考えてブログを書きました。
http://sagawokakeru.sagafan.jp/e265546.html

しかしながら、かのNHKのラジオでこのような『誘致…』という言葉が出るとは?!

結構、ロケって誘致で実現するもんでしょうかね…。
  

Posted by タピタピ  at 09:20Comments(1)TrackBack(0)大河ドラマ誘致活動

2010年09月20日

司馬史観 大隈重信

司馬遼太郎の『花神』の中では、佐賀藩士が幾人か登場します。この中で大隈重信に関しての記述があります。
以下、『花神』下巻 406、407ページから転載

大隈重信というのは、明治後、異様な大風呂敷屋として大正期までの日本の政界の内外にすわりつづけるが、この人物の特徴は、およそ観念論をうけつけないところにあった。
かれは佐賀人のくせに「葉隠」思想をきらい、むしろのろっていた。幕末には流行の尊王攘夷を浮華にとなえることもなく、日本になによりも必要なのは英語であるとし、長崎で小さな英語術をひらいたりした。そういうかれの現実主義的立場をさらにつよくしていたのは、この大風呂敷屋が銭勘定にかけては天才的なかんをもっていたことであった。かれの財政論は財政学的素養こそもっていなかったが、いきなり結論がわかるという点で、天才的なところがあったといっていい。
そういう大隈が、村田蔵六という人物をみて最大級に感心してしまったのは、イデオロギー闘争のなかから誕生したこの革命にあっては、大隈のような現実論者がまれで、それだけに大隈の感動は大きかったにちがいない。
大隈はのちその『昔日譚』で語っている。
「大村益次郎は、胆気豪勇、言行俊警、また開国進歩の主義を持し、とくに兵事において最も精しく、かの西洋の法式を輸入し、わが国の兵制を改むる所あらんとし、当時の英雄豪傑として、ほとんどそのたぐいまれなりし者」【転載了】

司馬さんの歴史小説の特徴は、司馬さん自身が膨大な資料の中から話を構築している点で、その時代のあり方などをさまざまな事例を交えて説明している点です。

大隈重信は「義祭同盟」以来の江藤新平の盟友ですが、「明治6年の政変(征韓論)」でも大きく異なりました。
小生もこのブログで大隈重信と江藤新平とのエピソードを書きました。
http://sagawokakeru.sagafan.jp/e265072.html

司馬さんが言う現実主義の大隈が江藤新平とどう見てるか…、これも江藤を描く上で重要なポイントとなるでしょうね。
  

Posted by タピタピ  at 09:04Comments(0)TrackBack(0)歴史観

2010年09月20日

司馬史観

わが国で歴史小説の第一人者と言えば、なんと言っても司馬遼太郎さんでしょうが、司馬さんの小説は、登場人物の描き方の中で独特の“歴史観”が出てきます。
江藤新平を主人公にした小説『歳月』があることから、小生も司馬さんの作品に興味を持ち、今、いくつかの作品を読んでいるところです。

司馬さんの歴史観は「司馬史観」として、多くの人に影響を与えています。

現在小生が読んでいる作品『花神』には以下のような一節が出てきます。
以下、転載します。
【大革命というものは、まず最初に思想家があらわれて非業の死をとげる。日本では吉田松陰のようなものであろう。ついで戦略家の時代に入る。日本では、高杉晋作、西郷隆盛のような存在でこれまた天寿をまっとうしない。三番目に登場するのが、技術者である。この技術というのは科学技術であってもいいし、法制技術、あるいは蔵六が後年担当したような軍事技術であってもいい】転載了

上記の中で「蔵六」というのは主人公の大村益次郎(村田蔵六)のことです。
1977年の大河ドラマの『花神』の中でも上記の一節は、ナレーションが出てきます。ドラマの中で高杉晋作(演:中村雅俊)が初登場のシーンで使われています。

小生の中では司馬さんのこと見方が強烈に印象に残っていて、江藤新平が上記の戦略家に当たるのか?技術者に当たるのか?が興味深いところです。
  

Posted by タピタピ  at 08:27Comments(0)TrackBack(0)歴史観

2010年09月18日

コンテンツとして…

小生は江藤新平という主人公をさまざまなコンテンツとして表現できればと思っています。NHK大河ドラマはその中で最高峰の表現の場ですが、漫画やゲームの可能性も探っています。

先日のブログで、漫画のコンテンツの可能性を書きました。
http://sagawokakeru.sagafan.jp/e268651.html

大学生からの情報で、『20歳代の女性に人気がある漫画』として、「7SEEDS」「スキップ・ビート!」の名前を聞いて、これを読んでみました。

おっさんの小生にとって漫画は詳しくないのですが、2つの漫画を読んでみて、絵のタッチ、主人公の設定の仕方、せりふの長さ、登場人物…などをチェックしてみました。

まだ、これらの分析は終わっていませんが、いろいろと参考になるところが多いですね。
  

Posted by タピタピ  at 22:13Comments(1)TrackBack(0)コンテンツ

2010年09月18日

幕末は苦戦する?!

かつて映像に関わる人と「大河ドラマ」のネタで話したことがあります…。
その人が言うには『大河は幕末明治維新では苦労する…』。つまり、視聴率では「幕末は厳しい」というのです。

確かにそういう傾向はあるのかもしれませんね。
ただし、これがどういう理由によるものかは小生は分かりません。ただし、定番のネタである戦国武将らに比べると、幕末ネタはインパクトにかけるのかもしれません。

このようなネタを幾人かの人としたのですが、ある人は『年配の男性は合戦が、女性は豪華絢爛な場面がなければ面白くない…』と語っていました。

定番の戦国武将ネタは、戦いの構図が分かりやすいというのがあるのかもしれません。
戦国ネタは、川中島の戦い、桶狭間の戦い、関ヶ原の合戦、源平合戦などが挙げられるでしょうね。

わが国の時代劇の中で、これらの定番のネタはそれぞれに固定のファンがいて、新たにドラマの脚本を担当する人たちのハードルの高低を変えているのかもしれません。
  

Posted by タピタピ  at 21:48Comments(0)TrackBack(0)大河ドラマの歴史

2010年09月18日

若い人の取り込み

昨日(9月17日)は終日県外での仕事で疲れてしまい、ブログの更新ができませんでした(汗)。9月になって初めての休みです(笑)。

ある俳優さんが主演したドラマの視聴率が悪いと、世間様は『あの俳優、人気が落ちてきたんじゃない?!』と陰口をたたいたりします。

ただ、視聴率というのはドラマの総合的な力なので、俳優だけの責任というわけではありません。
ドラマの脚本、ストーリー、展開、演出、広告宣伝、時代の流れとか、さらには裏番組の影響も考えなければなりません。

現在のNHK大河ドラマ『龍馬伝』の視聴率が芳しくないことは以前のブログでも書きました。
これをもって「主演の俳優の…」とするのは間違いだと思います。

小生は『龍馬伝』の演出、ドラマの作り方は好みではないのですが、あれを見る限りにおいて、ある“意図”を感じます。
それは、『若い人の取り込み』です。

NHKの番組の中でも、大河ドラマは紅白歌合戦と並ぶ看板商品です。この番組を、今の時代の流れなのかもしれませんが、旧来型の大河ドラマの作り方と大きく変化させた理由がNHKにはあるはずです。

これは小生の推測でありウラを取ったわけではありませんが、前述の『若い人…』という見方をしています。
そして、若い人を取り込む理由は?!

これらかの時代、長い間テレビを見てくれる層に対してNHKのファンになってもらう必要がある。
高齢の方たちはこれから数十年も生きるわけではありませんし、20歳代や30歳代あるいは未成年の人たちに対して、“NHKの新世代のファン”になってもらいたい…。

その先にあるのは、受信料でしょう…。

民放と違ってNHKは公共放送ですし、あまり視聴率競争ばかりには目が行っていないかもしれませんが、それでも彼らの経営の根幹である受信料に関しては、番組の方針上最大の要件にはなっているでしょう。

小生は分かりませんが、今回の『龍馬伝』によって、若い人たちの人気はあがったでしょうか?!
  

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2010年09月16日

シナリオの書き方

あるラジオ番組で、放送作家が「シナリオの書き方」を説明していました。たまたまそのラジオを聴いたのですが、彼が言うには『シナリオは川柳のようなもの…』。
つまり、「五七五」をベースとして、物語の組み立てをしていく…と説明していました。

小生は素人なんですが、この説明を聞いて「なるほぉ~」と感心しました。

NHK大河ドラマに関しては。50回近くの連続モノなので、ドラマの場面は膨大な量になります。

ドラマは時系列にストーリーが流れていきます。
よほど奇をてらった脚本ならば別ですが、“王道”な手法を好む大河ドラマとしては、時間の流れが逆行したりすることはあまりないと思います。

そうした時に考えなければならないことは、年間シリーズである大河ドラマで最初の回と後の回とでは、主人公及び登場人物は「年齢を重ねている」ことになります。
加えて、ストーリーがある程度展開していることになります。

ここで、後の回から新しくこのドラマを見始めた人たちにとって、この回のストーリーが理解ができないと、せっかく入ってきた“新しい客(視聴者)”を、この店(ドラマ)は失ってしまうことになります。

映画であれば約2時間の枠の中で完結するストーリーにすればいいのでしょうが、連続ドラマだとそういうことはできません。

したがって、各場面を一つのプロットとした場合、プロット同士の関連性をどうつなぐか、全体の流れ、特にその回(※放送回の意味)のストーリーをどう完結させるかが重要なポイントとなってくるでしょう。

冒頭の放送作家の言葉に小生が反応したのは、こうしたことを頭で考えていたからでした。
さて、大河ドラマの主人公に江藤新平を考えている小生…。
“お気楽プロジェクト”といえども考えることは多くありますね。

  

Posted by タピタピ  at 21:31Comments(0)TrackBack(0)シナリオ

2010年09月15日

歴史は主観か客観か?!

人の見方はいろいろあるもので、江藤新平を題材にしてもこれをどう捉えるかは人の考え方次第によって変わります。

ある事実をもってしても、事実があったことに関してそれは「客観」なのですが、これをどう理解するか、あるいはこれをどう評価するかは、それぞれの方の主観が入ります。

さらに言えば、人間がある決定をして行動をした…。
そのことに関して、その人間という“フィルター”を通して、決断をするべき環境等(題材)があって、結果(※決定と行動)と生み出した。

このような行動自体も、その人間という“フィルター”がどう機能したかということを考えなければなりません。
その人の能力、価値観、実行力、リスク管理などの材料があるはずです。

小生は江藤新平よりも130年後に生まれましたが、江藤と小生の能力や価値観の差もあるのと同時に、江藤が生きていた時代と小生が生きていた時代の差もあります。
このほか、いろいろな場面で、両者の違いがあります。

実は、われわれが生きている現在という“場”においても、人間の“フィルター”は一人一人違うわけで、それぞれの決定・行動は異なってきます。

歴史という長い流れで、先人の業績を判断する時に、起こった事実は客観かもしれませんが、そこをどう見るかはその人の判断(主観)が入りこむと思います。

現代の政治家もよく『後世の歴史家が自分のことを評価してくれると思うよ…』と語る人がいます。小生の記憶では、森喜朗元首相がそのようなことを語っていました。

江藤の業績をどう見るか?!は、彼が作った制度と、佐賀の乱(佐賀戦争)での戦いとでは分けて考えるべきでしょう。
江藤自身が欲したわけでない形で佐賀の乱の首謀者になりましたが、そのコトについてもいろんな“主観”が存在しています。
先人の生き様を、現在のわれわれがどう見るか…という主観が。
  

Posted by タピタピ  at 17:47Comments(0)TrackBack(0)江藤の業績

2010年09月15日

経営者が好きな歴史モノ

経営者の方たちの中には「歴史もの」が好きな方が多いですね。小生も仕事柄多くの経営者とお会いしますが、歴史好きの方が確かに多いです。

リーダーシップ論ということで言えば、戦国武将などはよくビジネスの題材などにも上がりますが、小生は少し違う見方をしています。
戦国時代の武将たちの“リーダーシップ”というのは基本的に、現代の社会の構造とは大きく異なる時代のものです。
社会制度そのものが違いますし、現代のビジネスは「労働の自由」に基づいた契約による雇用関係があります。

「人を動かす力」ですが、戦国時代と現代とでは、その基盤となる人間の価値観も異なり、果たして戦国時代のやり方が現代に通用するか…という点もやや疑問があります。
とはいうものの、戦国時代と現代とを結ぶ“インタープリター”(通訳)がおり、戦国時代のモノの考え方を現代風に“訳して”今の時代に置き換えるという作業をすれば、多くの人にも理解できるということになるのかもしれません。

以前のブログにも書きましたが、小生は戦国時代よりも幕末や明治維新の方が断然好きです。それは、「政策や施策、あるいは国策や戦略…」というのがより具体的で現代の社会に近い点が挙げられます。

明治6年の政変での政策論であった『征韓論』にしても、大久保VS西郷という図式がありましたが、これらをめぐる人間関係や価値観、状況分析の違いに加えて、そこには『国の形をどうすべきか…』の論点があり、そのことが戦国時代の闘いにはあまりなかった点だと思っています。

そうした意味で、小生が好きな歴史モノは、幕末から明治維新ですねぇ…。
  

Posted by タピタピ  at 09:41Comments(0)TrackBack(0)歴史観

2010年09月15日

政治家の生と死

政治の世界ではよく「命を懸けて」という表現がされます。
平和な現代においては、あまり実感がない言葉のように聞こえますが、元来政治というのは、政治家同士が“殺し合い”をするほどの権力闘争でした。

政治家はそれだけ重要な判断を任されますし、政治家の決断が人の命を奪うことさえあります。
戦争を決断するのも政治家ですし、この判断のいかんによっては多くの人の運命を決めてしまいます。

ただあえて言えば、現代とかつての時代(※限定しないが)の違いは、政治を取り巻く環境や状況が異なっているだけであって、“本質”はなんら変わらないと思っています。

江藤新平の政敵であった大久保利通は日記の中で、佐賀の乱(佐賀戦争)の裁判を受けた際の江藤の様子を『笑止なり…』と記しています。
これは、小生の感覚からすれば異様です。
というのも、この裁判において江藤は死罪は免れない状況になっており、その状況を作り出したのは大久保本人です。

小生の感覚からすれば、『いかに政敵と言えども死に行く人への惻隠の情があってもいい…』と思うからです。
大久保は恐らく、自分の日記が後世の人に読まれて“歴史の評価”の題材になることを見越して、『江藤は笑止…』という言葉を使ったのでしょう。

その代わり大久保は他の者(※佐賀の乱で処刑された者たち)に対しては『立派』という表現を使っています。
つまり、江藤は笑いものであるが他のものは立派…。相対的に江藤の地位を貶めたいという意図がうかがえます。

ある意味、政敵は骨の髄まで憎い!という彼の気持ちからだと思います。
かつてのNHK大河ドラマで『葵徳川三代』がありました。この中で関ヶ原の合戦に敗れた石田三成が徳川家康に会うシーンがありますが、家康は三成を丁重に扱っています。
既に勝負が決した後は、“人としての尊厳”を出したのでしょう。
これが史実かドラマ上の脚本かは知りませんが、日本人の心には響くシーンでした。
  

Posted by タピタピ  at 07:23Comments(0)TrackBack(0)歴史観

2010年09月14日

佐賀市3大伝説観光

新聞によると、佐賀観光協会などが佐賀市の「3大伝説」を観光コンテンツとして売り出すそうです。
具体的には、恵比寿、河童、化け猫なんですが、これらをテーマに同協会がナイトウオークツアーを10月から来年3月末で実施します。

既に、日帰り旅行などを手がける東京の会社が、このツアーを組み込んだ商品を販売するなどしています。

ちなみに、佐賀市には約670体の恵比寿像がありますが、街中にこれだけの恵比寿像がある理由は誰もわかりません…(汗)。

前述の伝説に関して言えば、佐賀鍋島藩の「化け猫騒動」があります。小生も子供のころ、じいさん(故人)から『化け猫話』を聞かされてトイレに行けなくなった記憶があります。

佐賀市に限らず佐賀県の観光は、圧倒的に日帰りが多く、佐賀は“通過県”になっています。これを打破するためには、観光客を宿泊させること…。
このために夜のイベントは大きな役割を担うことになるでしょうね。

ツアーは基本的に10月1日から3月31日(12月~2月17日は除く)までの毎週金曜日、土曜日、祝日の前日の夜に実施。合計で50回ほど開催するそうです。

こうしたイベントのほか、小生の“お気楽プロジェクト”としては、是非とも江藤新平でNHK大河ドラマの主人公に…を実現したいところです。  

Posted by タピタピ  at 20:05Comments(0)TrackBack(0)地域振興

2010年09月14日

江藤の業績を見直すべき

小生が住む地元の新聞の読者投稿欄に『江藤新平の業績をもっと見直すべきだ…』という意見が掲載されていました。
小生もまったくの同感ですが、この“お気楽プロジェクト”では、江藤をNHK大河ドラマの主人公にしたいと考えているために、この“業績”をどう見せるべきか…という点を考えてしまいます。

江藤の業績を一言に表現すれば、「今のわれわれが住んでいる時代の制度の根幹を作った」というべきでしょう。
江藤は初代の司法卿(現在の法務大臣)であり、明治政府が徳川幕藩体制から脱皮して、新しい身分制度を含めた「民権の時代」を築こうとしたことにあります。

したがって、江藤が実施した施策の中には、人権に関することや差別撤廃、言論の自由などのエッセンスが含まれています。

明治維新の直後は、旧体制の文化が色濃く残っており、江藤のような考えは斬新的というよりも、もっと過激で言ってみれば“革命的”であったに違いありません。

したがって、現在のこの状況の中で言う「改革」という言葉と、江藤が実践してきた「命を賭けた改革」とではその重みもまったく異なるか…と思っています。

佐賀県民に限らず、人権や明治維新の制度に興味を持つ方たちの中には江藤の業績に驚き、これをもって研究や検証する人も多いと聞きます。

ひょっとしたら小生もそうした方々の一人かもしれませんね。  

Posted by タピタピ  at 19:59Comments(0)TrackBack(0)江藤の業績

2010年09月13日

真剣さが…

小生はかつて企業支援のマネージャーをやっていたことがあり、この関連で「ベンチャー企業家」との付き合いがありました。
その中で、ある企業家(東証1部の会社の社長)がこう語ったことがあります。
『「真剣」という言葉は、真の剣で切りあうがごとくのことであり、それくらいの思いでなければコトはやれない…』

ちなみに、この人はある大手企業からのスピンオフで仲間とともに起業して数年で、マザーズに上場してその後東証に鞍替えしました。
競争の激しい業界での経営を続けてきただけに、その人の言葉の重さが印象深く残っています。

幕末から明治維新にかけての志士たちの行動は、今の時代から見れば“未熟な面”もありますが、それを見たとしても、彼らの思いは凄いものがあります。
まさに、前述の『真剣』という言葉がぴったりですね。

考えてみれば、命を賭して物事に当たるというのは、この平和な時代には考えられないような決意が横たわっているのだと思います。
小生のように気が弱い人間にとっては、ここまでの思いというのは想像もできないくらいですが、それでも、江藤新平を始めとした志士たちの真剣さの凄さには感動を覚えます。

彼らは、迫力が違いますね。
  
タグ :真剣志士

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